チルドノート

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ワーキングプア

空はどんよりと重く、肌を切るように冷たい風に雪が舞っていた。かじかむ手を丸めて息を吹きかけ、スクーターのエンジンをかける。こんな日に働きに出なければならないとは。桐生の気持ちは重く沈んでいた。

アフィリエイトで生きていく。そう決意して会社を辞めた半年まえ。しかしろくに稼げないまま貯金は底をつきかけていた。先月の家賃を支払った桐生は、その足で書店へ向かいアルバイト情報誌を手にとった。

タクシーとデイケアサービスの求人があふれる誌面から皿洗いのバイトを見つけて応募した。近所のファミリーレストランへ面接に行くと即決で採用された。面接したチーフと呼ばれる男は桐生が丁寧に書いた履歴書に目もくれなかった。

冷たい風が袖口から容赦なく吹き込んでくる。桐生はスクーターのアクセルをゆるめ20キロまで減速した。視界を遮る雪はさらに厚みをまし、地面に落ちる間もなく突風にかき消されていく。今日は三浦綾子の誕生日なのかもしれない。

桐生は面接をした店で働くものとばかり思っていたが、ふたを開けてみると勤務場所はなぜか百貨店のなかの中華料理屋だった。人も物も使い回しの時代なのか…。そんなことを思いながら桐生は黙って承諾した。

駐輪場にスクーターを停めると道路を横切り裏の通路を抜けた。フロントガラスに雪が積もった乗用車の隙間を縫うように歩き、立入禁止と書かれたドアを抜ける。出入り口の守衛に通門証を見せて建物のなかに入った。

百貨店のバックヤードは冷たくて暗い。正面のきらびやかな外観とは裏腹に、無機質なコンクリートがむき出しになっている。青白い蛍光灯に照らされた狭い通路を奥へと進むと、汚れたエレベーターのまえに立った。

普段ならここで従業員と顔をあわせるか、見知らぬスーツ姿の男女と遭遇するのだが、今日は誰もいない。桐生は降りてくるエレベーターを待ちながら到着階を示すパネルを眺めていた。

そこへひとりの女性が静かにやってきた。桐生は首を傾けパネルを見る姿勢を崩さなかった。ここでは儀礼的無関心こそが美徳とされている。しかし桐生はその娘をしっかり眼の端に捉えていた。タイトなスカートから伸びるスラリとした足。そのうえの曲線から腰のくびれ。NHKの連続ドラマに出てくるような清楚な顔立ち。そのすべてを舐めるように観察した。すこぶるつきの上玉だ。 桐生はその女性を連ドラと呼ぶことにした。

降りてきたエレベーターにお互い無言で乗り込むと桐生は最上階のボタンを押した。連ドラに目を向けると彼女は小さく会釈を返した。エレベーターは途中で止まることなくスムーズに14階まで上昇していった。

厨房のドアを開けると、いつものように動物性の油の臭いが充満しいていた。厨房は常に清潔に保たれているが、濃縮したこの臭いだけはいつまで経っても慣れることがない。桐生は無言でせまい更衣室に入り白衣に着替えた。

皿洗いのアルバイトは一般にイメージされるような作業ではなかった。まず使用済みの皿や丼などの食器を正方形のプラスチックトレイに隙間なくならべる。それをスライドさせて食洗機と呼ばれる機械にぶち込む。

その中で食器に高圧の水流が吹きつけられ30秒足らずで洗浄が完了する。食器をならべる。スライドする。食洗機にかける。乾いた食器を所定の場所へ戻す。この動作を死ぬまで繰り返すのだ。

桐生は黙々と作業をこなす。額に汗が滲んでくる。油まみれの食器は延々と運び込まれ小高い山になっていく。桐生はいつ果てるともない食器の爆撃にひたすら耐え続けた。

***

苦行のようなバイトを終え、建物の外へ出ると、空はまだ暗く小雪が舞っていたが、風は穏やかに流れ新鮮な空気は桐生を生き返らせた。家に帰る途中まんが喫茶に寄って1時間ほどリラックスした気分で過ごした。

アパートに戻ると、恋人の沙織が玄関の前で待っていた。そう言えば今日来ると約束していたのだ。桐生はバイトが長引いたと嘘をつき沙織を伴って部屋へ入った。

沙織は例えるならばアニメの萌えキャラのような可愛さだろうか。趣味はパソコンの組み立てというような男に狙われるタイプだ。好みの問題かもしれないが、桐生は今日出会った連ドラのような美人も悪くないと思った。

部屋に上がると、沙織はいつものように薄っぺらいパソコンを床に広げ、猛烈なスピードでキーボードを叩き始めた。桐生は手早くシャワーを浴びた。そして昨日作ったカレーを温め食パンと一緒に食べた。

桐生もパソコンに向かうが、昼間の疲れから集中力は途切れがちになり、ほどなくしてベットに入った。沙織もシャワーを浴びて髪を乾かすと、桐生の隣りにもぐりこんだ。

二人は抱き合うと、囁き合うようなキスを交わしてひとつになった。桐生は腰を揺らす沙織を一定のリズムで突きながらも、想いは連ドラへと彷徨っていた。目を閉じると連ドラの大きな瞳とスカートから伸びるなめらかな太ももが思い起こされた。不意に高まりが増し、桐生は沙織のからだがベットからずり落ちるほど激しく腰を突き上げた。そして連ドラをまさぐる自分を想像しながら沙織の中へ欲望のすべてを流し込んだ。