チルドノート

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恋のシュラフ

「気持ちはありがたいけど必要ないんだ。悪いけど持って帰ってくれないかな」

ワンルームの狭い玄関でプレゼントを抱えた沙織に、桐生は冷たく言い放った。

「なんで?このまえ欲しいって言ってたのに…」

「たしかに言ったけど、あれから事情が変わったんだ」

「わかった。じゃあこれは持って帰ってるね。でもケーキがあるから一緒に食べよう」

戸惑いながら沙織はいった。

「いいよ。あがって」

桐生はそう言って、沙織を家に招き入れた。

1ヶ月まえ「ブログで飯を食いたい」と言ってとつぜん会社を辞めてから、桐生は様子が変わった。性格が暗くなったわけではないけれど、前のようにくだらない冗談を言わなくなった。それは落ちついたともいえるけれど、沙織はどこか物足りなさも感じていた。

「適当に座って」

桐生は何食わぬ顔で言ったが、沙織はその部屋の変わりように言葉を失っていた。3日まえに訪れたときは、雑誌やDVDが乱雑に散らかっていた部屋が、今はキレイに片付いている。片付いている、というより、何もない。雑誌どころか、ソファーやベッド、本棚、カーテンまでなくなり、まるで入居まえか、引っ越しの直前のような状態になっていた。

「桐生くん、もしかして引っ越しするの?」

沙織は見通しの良くなった窓の外の景色を見ながらいった。

「いや、ちょっとライフスタイルを変えたんだ」

「ベッドとか冷蔵庫どうしちゃったの?」

「断捨離したんだ」

「ダンシャリ?」

「そう。シンプルライフの基本だよ。持たない暮らしとも言うけどね。ミニマルな生活さ」

「…ねえ、どうやって寝るの?」

沙織は他にもっと聞くべきことがあると思いながら、咄嗟に思いついた疑問を口にした。すると桐生は無言でクローゼットの扉を開いた。

「生活に必要な物はすべてこの中にある」

そう言って、桐生が小さなUSBライトを点けると、部屋の中がわずかに明るくなった。沙織はその明かりを見て、部屋中の照明がすべて無くなっていることに気がついた。

「USBライトこそ最強のコストパフォーマンスなんだよ」

桐生はそう言うと、いたずらにライトを点滅させて愉快そうに笑った。

沙織は一歩まえに近づいてクローゼットのなかを見回した。つっかえ棒を利用して上下に仕切られた内部は、上の段にはノートパソコン、下にはスチールの折りたたみイスと、キャンプで使うような寝袋がキチンと畳んで置いてあった。

そこで沙織にもやっと事情が飲み込めてきた。桐生はなにかに影響を受けて家具を処分したのだ。そして、ありとあらゆるモノを排除して、質素な暮らしを始めたらしい。

呆然とする沙織に目を向けることなく、桐生は穏やかに語り始めた。

「人類がモノに支配される時代は終わったんだ。すべてを手放してわかったよ。本当に必要なモノは僅かしかないってことにね」

桐生はスティーブジョブズのように手を広げて続ける。

「この部屋でしゃべるとエコーがかかったように聞こえるだろ。それは声がなんの障害物にも遮られることなく壁に反響するからなんだ」

「そうなんだ…」

沙織は内心の動揺を押しかくして笑顔で言った。

「ケーキ持ってきたから一緒に食べよう」



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「悪いけどテーブルはないんだ。これを敷いてもらえる?」

そう言って桐生は古びた新聞紙を差しだした。沙織は渡された新聞紙を受け取ると、折り目を丁寧にのばし、フローリングの床の上に敷いた。そして買ってきたケーキをその上に並べた。

「美味しそうだね」

桐生はそう言ってケーキを手にとった。沙織はフォークか箸があるか聞こうとしたが、同じように手で持ち上げた。

「表参道のピエールエルメってケーキ屋さん。総務のナッコがおいしいって教えてくれたんだよ」

桐生は感心してうなずくと、鮮やかなピンク色の、凝ったデコレートが施された丸いケーキを一口で頬ばった。

「それはイスパハンっていうの。一番人気なんだって」

沙織が言うと、桐生は目を丸くして微笑んだ。

桐生くんは本当に美味しそうに食べるなあ。沙織は無邪気にケーキをパクつく桐生を見てそう思った。

「今日、泊まっていってもいい?」

沙織が聞くと、桐生はケーキを飲み込んで、一息ついてから言った。

「それは、構わないけど…もう食べないの?」

「うん、わたしはお店で味見してきたから。後はぜんぶ食べていいよ」

桐生はうなずくと、2つ目のショートケーキに嬉しそうに手を伸ばした。

「じゃあ、シャワー浴びてくるね」

「うん、石けんとシャンプーはあるよ。リンスはないけど」

「大丈夫だよ。お泊りセット持ってきてるから。ちょっと浴びてくるね」



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沙織がシャワーから戻ると、桐生はスチールの折りたたみイスに座ってパソコンに向かっていた。沙織を気にする素振りもなく、一心不乱にキーボードを叩いている。

なにをやっているのか気になったが、今はそっとしておこう。そう思って沙織は自分もスマートフォンを取り出し、明日のスケジュールと、企画の進捗をチェックした。


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「そろそろ休もうか」

会話の無いまま3時間が過ぎ、時計の針が正午を回ったとき、桐生が沙織に言った。沙織は返事をするとスマートフォンの電源を落とし、ネグリジェに着替えた。桐生はフローリングにスポンジアルミを敷き、その上に寝袋を広げる。

桐生が先に入り、そのあと小さな隙間に沙織が体を縮めてもぐりこんだ。

「寒くない?」

寝袋のジッパーを上げながら桐生は聞いた。

「寒くないよー。こんなにくっついてるんだもん」

沙織は答えてから、桐生の胸に顔を埋めた。そして片足を桐生の足に絡め、首すじにキスをした。

「今日は…やめとくよ」

桐生は言ったが、沙織の手はもう桐生の下腹部を弄っていた。

「おっきくなってるよ」

沙織は手のなかで膨らんでいくそれをやさしく握り、手のひらをすぼめて先端を細かく刺激した。桐生も沙織の肩を抱き寄せ、髪の中に顔をうずめ甘い香りを吸い込んだ。

沙織は窮屈な寝袋の中で、もどかしく位置をずらし桐生のうえに跨がった。そして、張りつめたそれを体内に導くと深い吐息を漏らした。

「もう、抜かないよ…中が濡れちゃうから」

沙織は桐生の耳元でそう囁いた。


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「桐生くん…おきてる?」

返事はなく規則正しい寝息が聞こえる。沙織は暗闇を透かして、月あかりに照らされた何もない部屋に目をこらした。

これからどうなっちゃうのかな。沙織は想いを巡らせた。ホントになにもなくなっちゃた…。急に海外に行くとか言い出したらどうしよう…。ついていくしかないのかな…。

沙織は満ち足りた表情で眠る桐生の横顔を眺めた。目を閉じると不意に心のざわめきを覚える。衝撃的なクリスマスだったなあ…。ずっと先に今日のことを笑って話せる日が来るのかな。

大丈夫。きっとわたしが守ってあげる…。

沙織は体を寄せ、穏やかな寝息をたてる桐生の頬にそっとくちづけをした。