チルドノート

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ハロウィン


「ね、美咲、ジャックランタン作ってよ」

千夏が美咲に言った。

「ジャックランタン?」

美咲は始めて聞く単語に戸惑いながら聞き返した。

「そう。カボチャくり抜くの」

千夏が言った。

「わかんないよ」

「一色に作り方、聞いてみようか?」

千夏は後の席に座っている少年を見ながら言った。

「美咲、聞いてきてよ」

美咲は一色と呼ばれた少年を見た。美咲が密かに思いを寄せる秀才。「千夏、一色君と同じ中学じゃなかった?」美咲がそう言うと千夏が答えた。

「学校では、ほかの子達に知られたくないな。美咲、聞いてきてよ。お願い」

口もとに両手をあわせ悪戯っぽい笑顔を向ける千夏に、美咲は仕方なく席を立った。

「一色くん、ちょっといいかな?」

「なに?」

一色は読みかけの参考書から目を上げて言った。

「一色君、ジャックランタンって知ってる?」

美咲が聞くと、一色はおもむろに語りはじめた。

「それはハロウィンについて知っているかってこと?だとしたら知っているとも言えるし、知らないとも言えるよ。なぜならハロウィンの起源は古代ケルト人による豊穣の祝祭、または悪霊払いなどの宗教的な意味合いで語られる祭事とされているけれど、人類が新大陸を発見、つまりアメリカに渡ったイギリス系移民によるノスタルジックな感情から、これはボクの仮説なんだけど本来の目的を失った大衆的な民間行事にその姿を変えてしまったんだ。ジャックランタンがどの様な細工、及び形状かという概念ならば答えられるけれど、ハロウィンについての歴史的な考証は難しいかもしれない。誰にとってもという意味でだけど」

そこまで一息に話すと、一色は前髪を梳きながら美咲を見返した。 美咲はその仕草が素敵だと思った。そしてその指に触れてみたいと思う。

「えっと、作り方とか分かるかな」

「うちに実物があるよ」

一色は、それがありふれた物とでもいうふうに言った。

「あした持ってきてもらえるかな?」

「持ち運ぶには大き過ぎる。家に来たら見せてあげられるけど」

「じゃあ、千夏と2人でお邪魔してもいい?」

「いや、君ひとりで来てくれないか」

眉間にシワを寄せて、一色は言った。

「ボクの母は難しいひとなんだ。けっして神経質という訳では無いのだけれど、気を使いすぎる性質だから、ことが複数の来客となれば、あるいは重大な事件と認識してしまうかもしれない」

美咲は千夏のほうを見たが、千夏は机に肘をついて教室の外をボンヤリ眺めている。

「うん。わかった。何時にいったらいい?」

「18時30分はどうかな?」

「六時半ね。じゃあ、あとでお家いくね」

美咲はそう言って、千夏のところへ踵を返した。

「どうだった?」

千夏が聞いた。

「なんか、実物見せてくれるって」

「どこで?」

「一色君の家だよ」

「ホントに!?アイツの家すごい豪邸なんだよ?」

「知ってるよ。でもカボチャ見せてもらうだけだから、平気」

「すごい、貴重な体験じゃん。写真とってきてよ」

「撮れたらね。カボチャのついでに調査してきますか」

美咲がおどけた調子で言った。

▼▲▼

バスを降りた美咲は、一色の家への道筋を思い浮かべながら、高層ビルと商業施設がひしめく大通りを歩いた。ビルの合間の路地を抜けると、公園を囲んで立派な家が立ち並ぶ静かな住宅街が見えた。

その中でも、ひときは目を引く瀟洒な建物の前で美咲は歩みを止めた。表札には気取った飾り文字で「ISSIKI」と書かれている。頭上には威嚇するように見下ろす2台の監視カメラがあった。美咲はキョロキョロしないように気をつけながらインターホンを押した。

「どうぞ」

インターホンには応答せず、一色が玄関の扉を開けて顔を出した。

「お邪魔しまーす」

美咲は控えめに言いながら、一色が支える扉の横をすり抜けて家の中に入った。

広々とした玄関は、2階が見渡せる吹き抜けになっていた。天井の丸い小窓から自然な光が照らしている。美咲が想像していた大きな壺はなく、壁には落ち着いた色調の風景画がかけられていた。

一色はさっそく美咲をリビングへ案内した。シンプルな白いソファーと大きなテレビ。芸能人のお家みたいだと美咲は思った。

ソファーの前には、木の枠にガラスを張った長方形のテーブルがあり、そのうえに中身をくり抜いた巨大なカボチャが鎮座していた。

「これが…なんだったっけ?」

「ジャックランタンだよ」

「それそれ。いつもここに置いてあるの?」

「さっき運んできたんだよ。いつもあったら邪魔でしょうがない。常識的に考えて」

「だよね。これがジャックランタンかあ。写真、とってもいい?」

「どうぞ」

美咲はiPhone6+を取り出して撮影モードに切り替えた。ディスプレイに写ったカボチャは、中身がすっかりくり抜かれて、目の形が三角形に掘られている。様々な角度からシャッターを切ると、念のためフォルダを開いて確認した。とても綺麗に写っている。美咲はあらためてその画質に感心した。

一通りの撮影を終えると美咲は言った。

「ごめん、お手洗い借りてもいいかな」

「どうぞ。廊下の突き当りの右手だけど、案内しようか?」

「うん、だいじょうぶ。突き当りの右手だね」

美咲は、家の様子を撮影してほしいという千夏の頼みは覚えていたが、撮るつもりは最初からなかった。後々、勝手に撮ったのがバレたら、一色に嫌われてしまう。そんなリスクは冒せなかった。

美咲は突き当りまで廊下を進み、右手のドアを開けた。しかしそこはトイレではなく寝室だった。無人の室内は乳白色で統一され、高級ホテルのスイートルームの寝室みたいだった。中央には天蓋つきのベットまで配置されている。

「わあ、すごい…天蓋つきベット」

美咲は、あまりの美しさに心を奪われた。そして無意識にiPhone6+を手にして数回シャッターを切った。

「何やってるの?」

とつぜん後ろから声をかけられて、美咲は驚いてドアを閉めた。振り返るとそこには一色が立っていた。

「ごめん、トイレここじゃなかったね」

美咲はiPhone6+をあわてて袖に隠しながら、精一杯の笑顔で明るく言った。

「なんで写真とってるの?」

一色がiPhone6+を凝視して言った。美咲が答えに窮していると、一色は、美咲の腕を掴んで言った。

「こっちに来て」

美咲は一色に手を引かれてリビングに連れ戻された。

「そこに座って」

一色はリビングの奥にある一人掛けのアンティークチェアーに美咲を座らせた。そして、素早く後に回った。

ガチャリ

「どういうこと?」

美咲は首を後ろに向けて一色に言った。後ろ手の両手には、手錠らしきもののヒヤリとした感触があった。

「ただで帰すわけにはいかないな。盗撮は犯罪だからね」

一色が無表情で言った。

「ごめん。ぜんぶ消すから。あと、トイレ行きたい」

美咲は、恥ずかしさで顔を赤らめた。

「…ダメだ」

一色はまた無表情で答えた。

「どういう意味?」

「…警察には届けない。だけど罰としてトイレには行かせない」

「ちょっ、冗談でしょ!」

美咲はパニックになり叫んだ。大きな声を出せば、誰か家の人が気がついてくれると思った。しかし、一色はそんな美咲の考えを見透かすように言った。

「大声を出してもムダだよ。誰もいないんだ。残念ながら」

そう言って一色は高く笑った。

美咲は狂ったように笑う一色を呆然と見つめていた。

すると、リビングの扉が開いた。

千夏だった。

「あんた役者なれるよ」

千夏は笑いながら、一色の頭を軽く叩いて言った。

「はやく手錠外してあげて」

美咲は泣き出してしまった。うなだれて涙が落ちたその下には、別の液体が流れ落ちていた。それは、美咲の太腿を濡らし、アンティークチェアーの凝った装飾をキラキラと伝い、カーペットに黒いシミをみるみる広げていった。

「タオル…一色、タオル持ってきて!」

千夏が叫んだ。

▼▲▼

一色の家を後にして、千夏と美咲は、並んで歩いていた。

「美咲、ゴメン…」

千夏は美咲に謝った。

「もういいよー、ちょっとビックリしただけ…」

美咲はサバサバとした口調で言った。

千夏と美咲は、バス停のまえに並んで立った。千夏は、美咲の様子を見ながら、何か話そうとしたが話題を思いつかない。無言のまま数分が過ぎて、美咲の乗るバスが着いた。

「じゃ、またあしたね」

そう言って美咲は、バスのタラップを勢い良く駆け上がった。バスの窓越しに手を振る笑顔の美咲を、千夏は不安な気持ちで見送った。

▼▲▼

翌日、千夏は目が覚めるとLINEをチェックした。昨日は家に帰ってから一度もiPhoneを触っていない。なんとなく、そんな気分にならなかった。メッセージが数件入っていたが、美咲からのメッセージはなかった。

「美咲ちゃん、まだ来てないよ」

学校に着いた千夏に、一色が言った。

「ヤバくないかな。不登校になったりとかしないかな」

一色が心底おびえた様子でつぶやいた。

「アンタが余計なアドリブ入れるからだよ。あんた、そういうところホント馬鹿なんだから」

「ゴメン」

「とにかく、学校おわったら、美咲の家いくからね。アンタも一緒に来るんだよ」

一色は何度も大きくうなずいた。


▼▲▼


放課後、千夏は急いで家に帰り、荷物を玄関に置いた。iPhoneをチェックしたが、午前中、美咲に送ったメッセージは未読のままだった。

「ただいまー、お母さん、ちょっと出かけてくる」

「千夏、待って、待って」

奥から千夏の母が言った。

「なにー?急いでるんだけどー」

千夏は、用事を言いつけられたら面倒だと思って、イライラしながら答えた。

「あなたの学校テレビ出てるよ。誰か自殺したって…」