チルドノート

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宝くじ


嫁と綾羅木のゆめシティーへ行った。ゆめシティーは2年前、下関市が市役所の移転用地として整備した土地に、突如として建設された大型複合商業施設である。

あたらしい市役所が建設されるとばかり思っていた広大な空き地に、九州ではイオングループに匹敵する商業施設が立ち上がったことに、当初、市民は当惑したものの、やがて両手を上げて歓迎した。

周辺には、大手紳士服チェーン店や外食チェーン店が競って出店し、インフラは瞬く間に整備された。そこがほんの数年前は見渡すかぎり田んぼと農協しかなかった場所とは、到底信じがたい景色が誕生した。

私は毎日通勤しながら、その過程をつぶさに観察していた。幼い日々の思い出の景色を、巨大な建造物が無機質に塗りつぶしていった。その過程を、私は動物園のオラウータンのような目で見ていた。

そんな私のちっぽけな感傷をよそに、嫁はゆめシティーの誕生を無邪気に喜んでいた。開店当日には、人酔いしやすい体質の私を家に放置し、ワクワクが止まらないという風情で出かけていった。出かける前に入念に着飾った彼女は、鏡の前で何度もクルクルと回転していた。そのブルーのワンピースは、先月マリノアシティで一緒に選んで購入した、私からの誕生日プレゼントだった。

その日から、我が家にゆめシティーが侵食してきた。嫁は早速「ゆめカード」を作り、ポイントを貯め、ときおり愛おしそうに指でカードをつまみ、目の上にかざして微笑んでいた。去年まではそこにハローディが居たはずだ…。ハロちゃんカードはもう彼女の中で、懐かしい過去の想い出になってしまったのだろうか。私はハロちゃんカードと重ね合わせている自分のイメージを強く振り払った。

ゆめシティーの中を一巡りすると、私は喫煙ルームでキセルをふかしていた。開店から2年が経ち、もうこれといって目新しいところもなくなった。しかし、嫁はまだ専門店を物色しているに違いない。私がここに来る理由は一つだけ。彼女が喜ぶからだ。

夕食の買い物をすませ、店の外に出ると、辺りはもう薄暗くなっていた。私は荷物をAQUAの後部座席に積み込み、助手席に乗りこんだ。ハンドルを握るのは彼女だ。私の普通自動車免許は去年の暮れに酒気帯び運転で失効していた。

嫁の滑らかなハンドル捌きで、家に帰り着くと、私は玄関を開け荷物を下ろしてバスルームに直行した。クツ下をランドリーボックスに放り込んでからキッチンへ向かう。

笛吹ケトルになみなみと水を汲んでガス台にかける。冷蔵庫からコーヒー粉の入ったビンを取り出し、となりのトトロの絵がプリントされたカップを2つ並べてコーヒーフィルターをセットする。その中に軽量スプーンで大盛り4杯のコーヒー粉を投入してから、パソコンの電源を入れる。

起動したパソコンの画面をボンヤリと眺め、笛吹ケトルが鳴り出す前に、素早くキッチンに戻り火を止める。ボイルドウォーターを細く細くコーヒーの泡を壊さないように注ぐ。

その間に、嫁は食材を冷蔵庫になおす。2Kのアパートに鎮座した400Lの冷蔵庫に、アナと雪の女王を口ずさみながらキレイに収めていく。

私はキッチンに…、いや、ガス台と流しが設置された部屋の角に行くとドリップしたコーヒーカップを、木目を基調とした…、いや、古びたちゃぶ台に並べておいた。彼女はありがとうと私の3倍くらいのボリュームで言うと、テレビをつけて美味しそうにコーヒーをひとくちのんだ。

私はちょっと頷いて、床に置いたノートパソコン…、アプライドで買った8640円のおもちゃに目を落とした。

部屋の中には、笑点の歌丸師匠のしわがれた声と、キーボードに微かに触れる音だけが響いていた。私は、はてなブログを閲覧しながら、笑点とはてなブログは同じ世界観だよな、とかボンヤリと思っていた。

ふと目を上げると、嫁が何かのカードを手にして、目の上にかざして微笑んでいた。「これ、あげるよ♪」といってちゃぶ台に乗せたのは、なんと宝くじだった。

「1等は、1千万円だよ。あそこの売り場で何本もでてるんだって♪」

♪じゃねーよッ。彼女は、私が目を離したスキにこんなモノに手を出してしまったのだ。

宝くじはぼったくりなんだぞ…1等の当選確率は1000万分の1で100年続けて買っても99.9%はハズレるんだ…宝クジなんか買ったら資産運用に成功することなんて、永遠にないんだぞ…

言えなかった。言う資格などなかった。

もしも宝クジが金融リテラシーを測るリトマス紙だとしたら、彼女のリトマス紙を変色させたのは私だ。そもそも運用するハズの資産を罰金で消失させたのも私だ。

そして彼女が引いた最大のハズレくじは、ここに居る私だ。永遠に当たらない人間という名の紙屑だ。夢も希望も語れないゴミだ。

無表情で固まってしまった私に、彼女が言った。

「最近ずっと元気ないから。これ持ってたら火曜日(抽選日)まで元気でるよー」

私は、ちゃぶ台の上のミニロトを手許に引き寄せた。いろんな感情の波が一気に押し寄せてきて手が震えた。大粒の涙があふれて、とまらなかった。