いらっしゃい。元気?
ひとって老いていくよね。僕も、もれなく老いていく。振り返れば、はるか遠く故郷が見える。
ところが、遠くがよく見えるようになると、今度は近くがダメになるんだよ。これには、なにか哲学的な因縁を感じないかな。
僕もとうとう、床にはわせたコード(3センチ弱)に、つま先がガッツリ食い込んでしまった。足元がお留守になって、今まで、一度も引っかからなかった段差につまずいてしまったんだよ。
ヒザが上がってない。上げたつもりの足が、ぜんぜん上がってない。だから引っかかちゃう。つま先。
大人が子供の運動会ですっ転ぶのも、同じ原理なんだよ。頭でイメージした通りに体が動いてない。
動き出した足が、十分に上がり切るその前に、体が前進してしまう。そして段差に、憎き段差に、つま先が突っ込んでしまう。
これ、自分の老いも実感するけど、それ以上に「こんなところに段差あった」ってところにも驚く。
おまえ、いつそこに居たんだっていう、空気みたいな存在が、とつぜん立体的になって、実像をもってあらわれる。
地面にしゃがんで、まじまじと見ると、やっぱ段差なんだよ。過去に、何百、何千とまたいできたきた、ちっぽけで取るに足らないコード。
それが今、凶暴な面構えで、人類に脅威を与えている。僕の暮らしを静かに脅かしている。